四方山坂太郎ブログ

自分語りとゲームとエロのブログ

日記 孤独な中年男性は何かを飼っていいのか

どうも、最近腰が痛くて仕方がない限界中年男性四方山坂太郎です。

老化なのか疲労なのかギリギリわからないところが厄介ですね。

そんなことはどうでもいいんだ、今回はとんでもないことが分かったので記事を書いてみようと思う。

ブログって言うのは、どうやら何かの紹介やアヒィリエイトや面白行動以外にも日記を書いてもいいらしいんだ。へぇー、ためになるなぁ四方山坂太郎のブログは。

念のため書いておくが、記事タイトルの「孤独な中年男性」はこの文を書いているフリーターただ一人を指しており不特定多数の孤独な中年男性を指して言っているわけではない。でも自分のことだと思ったなら、僕たちは仲間だ。あっちへ行け。

というわけで今回は浅ましく自分語りをします。

猫の話

四方山の住む町は昔から猫が多い。

猫が多いというより、犬やら猫やらの放し飼いは昔からあったが犬だけ駆逐されたので猫が残ったという方が正しい。

幼いころからそこいらに居て、撫でたり引っかかれたり逃げられたりしていた。エサをやったことはない。

最近は地域猫とかさくらねことか言って、地域に住んでる野良猫をその辺の猫好きが病院に連れてったりして面倒を見ることがあるらしい。

うちの近所ではそんなのはない。純粋培養の野良猫が、それはもう無尽蔵に子供をポコポコ産んでいる。

彼らにとってはこの町も原野も変わりないと思う。エサは安定しているが探して奪わねばならず、力の強い動物に殺されることもあり得る。思えば子供のころから鉄の猪にやられた野良猫を見ることも多かった。

制度に生かされている自分よりずっと生き生きとしていると思う。

 

野良猫の話

今年の中旬から、深夜になるとか細くニーニーと音がするようになった。子猫の鳴く声だった。

母猫を呼んでいるのだろうと思ったが、毎夜毎夜ニーニーと鳴く。気になって辺りを探すともなく歩いていると、停めてある車の下に黒い影が見えた。

手のひらに収まるような真っ黒な猫の幼虫で、こちらに気が付いたのか車の下でもじもじしていた。

周りに親戚縁者の姿もなく、どうやらずっとこの辺りの車の下で鳴き続けていたようだった。

 

これを読んでいる奇特なお前は、野良猫を見たら何を思うだろうか。

俺は第一に「飼おう」と思うが、すぐにその考えは捨てるようにしている。

猫に限らず生き物を飼うというのはとても責任の重いことだ。責任というのは要するに金のことだ。諸経費を計算したことは無いが、猫を飼うとなるとそれなりにかかることだろう。

もちろん猫がいる生活に憧れはある。人生に張りも出ることだろう。飼えば変わると言われたこともあるが、俺が猫の立場なら滅茶苦茶嫌だ。

と、ここまではいつも俺が猫を見るたびにする妄想の一部。実際はもっと悲惨なことを考えている。自分の不注意で猫が死んでしまう妄想とかする。今回は見たのが子猫だったので悲壮感はなおのこと。

 

結局小さな黒猫はその後すぐに近所のデカい家に引き取られたらしく、聞き慣れたニーニー鳴く声はその家から遠く聞こえてくるのみとなった。

その時は謎の安心と、やっぱ金持ちは懐の深さが違えなという感心と、物寂しさを覚えた。

 

黒猫の話

最近になってまたニーニー鳴く声がするようになった。

最初はあの家かとも思ったが違う。さすがに放り出すとも考えにくいし猫の成長は早い。ひと月ふた月で成猫と遜色なくなるとも聞くし、なんなら脱皮とか蛹化とかするんではないだろうか。知らんけど。

しばらく気になりつつ過ごしていると、野郎ついに尻尾を出しやがった。

何のことはない、似たような小さい黒猫だった。

 

最初に見つけた時、かがんで少し交流してみようとしてみた。もしあの家から捨てられたのであれば、多少は人慣れしているのではないかと思ったからだ。

レジ袋の音やポケットに手を入れる仕草で近づいてくる野良猫はたまにいるが、こいつはそんな素振りも見せない。まぁ不審な中年男性が腰をかがめて、近寄ってくる生き物なんて野良力士か腹をすかせた虎くらいのものだろうが。

その後仕事帰りにその道を通ると同じところにいるため、若干慣れ始めてきた。

猫のほうはだんだん寄ってきて、俺の方は変わらず構って欲しそうな顔で猫を見る。

触ったら飼ってしまうと思うので手を出したことはないが、俺の周りでチョロチョロする様は大変可愛らしいと思う。お前たちに見せてやりたいくらいだ。

もし、もしもこの猫が俺に懐いたら、懐いてしまったら。最近はそう考える四方山坂太郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の話

ここからはおじさんの生活の話だから別に読まなくてもいい。

俺の生活と来たらモノクロ一辺倒だ。朝起きて仕事をして帰って仕事をして帰って寝る。週の半分以上は家にいない。カネは借金の返済に消えて残るのは体の痛みと体脂肪だけ。

すっかり分かっているつもりだ。猫を飼う余裕はない。

第一に今まで猫を飼ったことが無い。そんなオッサンが急に猫を、しかも子猫を飼うだなんて半分虐待のようなものではないだろうかと思ってしまう。

第二に俺は喫煙者だ。いたいけな子猫を副流煙に巻くのは間違いなく良いことではない。

最後にうちは狭い。子猫の内から広い外で暮らしてきた奴が独房におさまるとは思えない。

それでも、それでもなお飼いたいと思うのは、きっと救いを求めているんだろう。あるいは今まで見てきた轢死体を思い出して救った気になりたいだけか。心のどこかでは猫を飼って、猫のために生活を改め、まともな仕事を始めてまともな人間になる妄想をしてしまう。アタイこの子のために変わるわ!と奮闘する、自分の姿を妄想してしまう。結局はどこまでも自分の事しか考えていない。そんな男だ俺は。

 

どうもこの記事は日記というよりは、万が一にも猫を家に連れ込まない為に自分に言い聞かせる目的で書いている節がある。自分以外を不幸にさせるのはもう御免被るのでそれでいいと思う。

ペットは金持ちの趣味だ。貧乏人が何かを飼って、ペットと共倒れなんて笑えない。無理に飼ってしまえば不幸の芽として俺は脳髄を抜かれてしまうだろう。

動物の都合で飼われるペットはいない。俺は犬猫の類が好きなちょっと生臭いお兄さん、奴は根無し草のリトル黒団子。それでいいじゃないか。それが一番いいに決まってる。

うちペット禁止だったと思うし。